学生ローン返済能力を示す 就職指標が大きな議論に

(進研アド「Between」 2014年  8-9月号 連載 どうする?説明責任と成果指標 より転載)

ポストセカンダリーアナリティクス 柳浦 猛(やなぎうら たけし)

大学の教育成果の重要な指標の一つが「どんな職についたか」だ。大学は、就職や収入をどこまで保証できるのか、また、保証すべきなのか。とりわけ指標化が難しい就職指標について、米国で訴訟に発展したケースを例に、考えてみたい。

学費の高騰を受け高まる就職指標への関心

アメリカにおいて、学歴と就職、および収入は、密接に関連している。求人情報サイトなどにある仕事のほとんどが、大学卒業を募集の最低条件としているといっても過言ではない。もはや大卒以上でなければ、中流レベルの収入を約束する職に就くことはほぼ不可能とまで言われている。

一方で、大学を卒業したにもかかわらず、希望どおりの就職ができないという者も少なくない。アメリカでは、学費が年々高騰する中(図表1)、ローンを組む学生は6割に上る。就職できなかった学生の中には、卒業後ローンの支払いが遅れたり、最悪の場合、破産せざるを得ないケースもある。

Between 2014 Aug-Sep Chart1

学生の卒業後の経済事情に関する実態は、これまであまり明らかにされてこなかった。しかし、ローンの諸問題がメディアなどを通して顕在化するにしたがい、大学は学生の卒業後の人生にも無関心であってはならないという見方が社会的に強まってきた。特に就職をどの程度保証できるのか、大学は社会に対して説明する責任があるという声が近年ますます大きくなってきている。

ただ、実際にどう説明責任を果たすべきかという具体論になると、いまだコンセンサスは得られていない。それゆえ、卒業後の労働実態に関する大学の説明責任は、基本的に各大学の自主性に委ねられ、データの報告・公開は徹底されてはいない。

最近では、就職率や卒業後の平均給与などが代表的な就職指標として一部の州で公開されてはいるが、参考に紹介される程度で、これらの指標が全国的に見て市民権を得ているとは言い難い。

母数の「就職希望者」の設定が難しい米国の事情

就職関連指標に関する一番の問題は、大学間比較の難しさである。平均給与を例にあげると、一般的にアメリカでは、理系の職業のほうが収入が高い。したがって理系大学の卒業者とリベラルアーツ系大学の卒業者の給与とを単純比較することは、公平さに欠ける。また、理系の職種の中でも分野によって給与体系が大きく異なる。したがって理系同士を単純に比較することも、適当とはいえない。

各大学は異なるミッションの下、学部構成も各々異なり、完全に同質の大学など存在しない。多様性のある高等教育を、単純な就職指標を用いて比較することは不可能であると、主に私立大学関係者から根強い反発がある。

この批判は、就職関連指標に対する懐疑的な見方と大きく関わっている。すなわち、教育成果を就職や収入という指標によって前面に押し出すことは、大学の本来持つ使命を矮小化させてしまうことにつながりかねないという不安が、その根底にある。

また、指標が本来測定すべきものを正確に測定できるのかという技術的な懸念もある。卒業生に占める就職者の割合である就職率を例に考えてみよう。そもそも、卒業生全員が就職希望者とは限らない。中には進学希望者もおり、就職率を測定するには進学希望者と就職希望者の分類が必要不可欠であるのに、アメリカでそれを行うことは困難である。

日本と異なりアメリカでは、累積単位数で学年が決まる。また、パートタイムで通う学生も多いため、4年生になるタイミングや卒業する時期が、学生によってそれぞれ異なる。そのような中、誰を就職予備軍とみなすのか、大学間で統一した定義を用いることは難しい。

「ローン返済額/年収」の説明責任を求める指標

このように就職指標に関するさまざまな議論の下、試行錯誤を続けているアメリカであるが、その作業がいかに困難であるかを象徴する「事件」が、2011年から2012年にかけて起こった。Gainful Employment(以下GE)指標政策に関わる一連の出来事である。

GEを訳すと「有給の雇用」で、平たくいえば、毎月給料をもらえる安定した職業を意味する。したがってGE指標とは、大学の卒業生がどれだけそのような職業に就いているかを示すものである。

2011年に連邦政府は、「卒業生の学生ローン返済率」「卒業生の年収に占める学生ローン年間返済額の割合」「法定貧困レベル1.5倍の額に占める学生ローン年間返済額の割合」といった3つのGE指標を打ち出し、これらについての説明責任を大学に求めた(図表2)。

Between 2014 Aug-Sep Chart2

各指標には最低基準値が設定され、全ての指標で最低基準を下回った場合、その大学に通う学生は、連邦政府奨学金の受給資格を喪失するという罰則も設けられた。

ちなみにデータを出すにあたって、アメリカの大学は自ら卒業生の追跡調査を行ったのではない。連邦政府が各大学から対象のプログラムに在籍した個人データを提供させ、それを政府が保持する社会保障税データベース、および学生ローンデータベースと連結させることによって一つひとつの指標を算出したのである。

このGE指標には2つの狙いがある。一つは、「大学には学生が正規の職業に就くための手助けをする義務がある」というメッセージを明確にすること、もう一つは、学費高騰に対して抑止力を働かせることである。

前者は、余裕をもってローンの支払いを行える程度の給料の職業に就けるよう大学が教育・サポートしなければならないということであり、後者は、卒業生がローンの支払いで生活が圧迫されるレベルまで学費を吊り上げることは許されない、というメッセージと言える。

営利大学との法廷闘争でGE指標は白紙に

アメリカの連邦政府奨学金は、給付型とローンに大きく分類される。給付型の奨学金は低所得者層に限定され、ローンは基本的に希望者全てに貸し付けられる。特に近年は学費の高騰を受け、ローン利用者が増え続けており、今では連邦政府は年間約17兆円の奨学金を支出し、そのうち約10兆円はローンで占められている*。

近年、高額な学費への対策としてのローン政策の効果を疑問視する声が強くなっている。代表的な批判内容は、無条件に貸し付けるローンが、際限なき学費上昇を許してしまっていることや、就職できず、ローン地獄に陥ってしまう卒業生が増え続けている、などだ。

これらの声を受けて政府は、今までのようにほぼ無条件で奨学金を支出し続けるのではなく、なんらかの評価システムを導入し、業績ベースの奨学金システムに移行すべく模索を続けていた。GE指標はその一手である。

しかし、さすがにこれを初めから全ての大学に適用するのは困難であると連邦政府も理解していた。そして、就職指標の一番の問題とされていた大学間比較をある程度可能にするためにも、対象の大学を絞ることにした。その最初のターゲットとして選ばれたのが、高等教育機関の中でも、修業年限が2年以内の専門職養成プログラムを有している大学である。

このグループに対象を絞ったのには理由があった。それは、営利目的の大学対策である。

一般的に専門職養成プログラムは営利目的の大学に多いが、これらは非営利目的の大学に比べて規制が緩く、玉石混交と言われている。最新のテクノロジーを駆使して質の高い教育を提供する大学もあれば、卒業すれば高収入の仕事に就けるという偽りの宣伝を行って法外な授業料を搾取する詐欺同然の大学もあると指摘されている。

営利目的の大学でも学生が連邦奨学金を受けることができるため、その質管理の問題は、連邦議会でも重要課題として取り上げられるようになり、これらの大学に対して規制を強める動きが起こっていた。このGE指標は、悪質な大学を一掃することを狙った一面もあった。

しかし、営利目的の大学は、連邦政府の規制に対して徹底的にロビー活動を展開し、GE指標政策の不当を訴えた。彼らからすれば連邦政府の奨学金は貴重な財源であり、一部の悪質な大学のために多くのまっとうな大学が被害を被りかねないこの政策は、到底受け入れることはできないからである。彼らは訴訟を起こし、司法の場に戦いを移した。

2012年、司法は、GE指標の欠陥を認め、連邦政府のGE指標政策を無効にする判決を下した。この裁判で特に争点となったのが、指標に設定された最低基準値の妥当性である。中でも問題となったのは、第一の指標「卒業生のローン返済率」であった。司法は、連邦政府が最低基準値として定めた35%が恣意的であり、その値を正当化する裏づけが不十分であるとして、この指標の無効を決定、同時にその他2つの指標に関しても執行してはならないという判決を下した。

連邦政府はこの判決の中でGE指標政策の見直しを命じられた。就職指標に潜む問題を見逃さず、徹底的に追及した営利大学の戦術勝ちであったといえる。なお、近々修正案が連邦政府から発表されることになっているが、どのような形になるか、業界関係者の注目を集めている。

日本での就職指標策定の課題はインフラ整備

アメリカでは高騰する学費とローン問題ゆえに、卒業生の年収まで踏み込む説明責任が焦点になりつつあるが、日本ではそこまでの議論には至っていない。

ただし、いわゆるブラック企業や、離職率、非正規雇用の問題などが表面化し、学生の関心も高まっているために、卒業後の状況把握の重要性が高まっているのは間違いない。

残念ながら、今の日本には卒業生の就労実態を機関レベルで知るためのインフラが整っていない。各大学に卒業生の追跡調査と指標の計算を委ねるという手法は、大学にとって多大なコストがかかり現実的ではない。さらにデータの信憑性についても、大学任せではどの程度保証されるのかという疑問が残る。

大学に卒業後の状況の説明責任に関わる全ての業務を委ねるのは無理がある。一般企業においてさえ、顧客の商品・サービス使用後のデータを集めるのは至難の業であるように、各大学が説明責任に耐えうる卒業生の各種データを独自に集めることは容易ではない。

アメリカのGE指標は、政府所有のデータと各大学の個人データを連結させて算出したものであるが、かつてのアメリカも、省庁間の壁は高く、他省庁にデータをシェアすることなど考えられもしなかった。政府であっても慣習にとらわれずに現実に柔軟に対応できることはアメリカの長所である。日本でも、政府が省庁間の壁を乗り越えて大学と協力し、卒業生の経済状況を明らかにするためのリーダーシップをとる必要がある。

*出典/ “Trends in Student Aid 2013”, CollegeBoard