米国のIRの現在地から日本における実践上の課題を考える

 

(進研アド「Between」 2013年10-11月号 特集:IRで教学をマネジメントする~実践・進化のステージへ~ より転載)

ポストセカンダリーアナリティクス 柳浦 猛(やなぎうら たけし)

アメリカでIRコンサルタントとして活躍する筆者が、IR先進国で全大学にIRが普及した先に待ち受けていた課題と、それに立ち向かう大学の現状を紹介する。そして、大学の文化や環境の違いを前提に、日本の大学が「データに基づく経営」を進めるうえでの課題を論じる。

はじめに

IRは、大学内外に存在するデータを集約し、分析を駆使して大学経営に貢献するというミッションを担う。アメリカでは1960年代から徐々に設置が始まり、今ではIRが存在しない大学を見つけるほうが難しい。

日本でもデータに基づいた大学経営の重要性が認識されるにつれ、多くの大学がIR設置の検討を始めた。中にはすでに始動している大学もあるが、高等教育界全体として、IRはいまだ手探りの段階である。

本稿では、実践に関しては数段階先を行くアメリカのIRが、現在いかなる課題を抱え、どう対処しているのかを述べ、アメリカと異なる大学文化を背景に持つ日本が、アメリカを参考に、どのような進化をめざしていくべきかを考察する。

データ要求への対応に忙殺される米国のIR

IRは、大学戦略計画に関わる分析、内部評価、財務分析等、大学経営に直接影響するデータ分析を通して経営陣に提言を行う役割を担う。しかし、近年のアメリカのIRは、年々激しさを増す大学のアカウンタビリティー(説明責任)対応や学内からのデータ要求対応に忙殺され、本来の作業になかなか手が回らない状況にある。

説明責任とは、アメリカ高等教育の文脈では、税金の投入された大学は経営の実態に関するデータを社会に公開する義務を負うという意味を持ち、州・連邦政府や認証評価機関、メディアなど、学外からのデータ要求に対して全て回答する義務がある。IRがその学内責任者であるケースが多い。加えて、IRは毎日のように大学執行部、教職員からのデータ要求にも対応しなければならない。多くのIRはこれらの大学内外からのデータ要求対応に追われて 1 年が過ぎる。

IRの新たな役割であるデータガバナンス

アメリカのIRの大きな課題の一つは、この役所的作業を効率的にさばき、本来のミッションに関わる作業に従事する時間を確保することである。その努力の一環として、近年は情報部と協力して、学外からの説明責任対応をできる限り自動化し、学内のデータ要求に対しては、IRを介さずとも教職員が必要なデータを自ら取得できるシステムを構築する作業が進行している。また、現場のスタッフが基礎的な分析もウェブ上で簡単に行えるシステムを導入するなど、従来、IRが一手に担っていた作業を現場レベルで行わせる努力がなされている。

このようなシステムの構築が可能になった背景には、近年のデータベース(DB)環境の発展がある。かつてアメリカの大学では、DBが業務ごと(入試、教務、奨学金など)に分かれ、それぞれが独立した状態で存在していた。IR担当者だけが全てのDBにアクセスでき、教職員は他部局のデータを、IRやその部局のデータ責任者を通してのみ取得できた。

しかし、学内に散在するDBを 1 か所に統合したデータウェアハウス(DW)が1990年代から徐々に導入され各大学はその構築への投資を始めた。各大学のデータベース環境は劇的に改善し、大学執行部や現場の教職員がIRを介さずとも入手できるデータは格段に増え、先述したようにIR業務の効率性の上昇にも貢献している。

しかし一方で、DWの登場は、解釈の意思統一がとれないままデータが学内に拡散し、混乱が発生するという副作用も生み出した。この事態に対処するため、IRはデータの質・定義を一元管理し、個人情報や機密データの扱いに関するルールを明文化し、効率的なデータ伝達システムを構築すること、すなわち「データガバナンス」のリーダーシップを求められるようになった。急速に集積される膨大なデータを組織全体で有効活用することはアメリカの大学の重要なテーマの一つであり、現在IRに求められている新しい役割の一つである。

日本では外発の弱さがIRを滞らせる要因に

翻って日本では、IRの重要性が認識され始めて10年以上たつにもかかわらず、その実践はいまだ初期段階を越えていない。これは、「データ重視の経営」自体が高等教育界にとって新しい概念であり、その枠組みの中で果たすIRの役割を上層部が理解しきれていないためだとの指摘もある。しかし、より大きな理由は、高等教育界全体に対し、各大学機関内のデータの効率的な整理・管理を促す社会的圧力が欠如していることにある。

アメリカは伝統的に税金の使途に厳しい国で、社会が大学を厳しく監視し、さまざまなデータを公開するよう圧力をかけてきた。大学は学内のデータを整理せざるを得ない状況に追い込まれ、「IR的」なるものが学内に自然発生的に誕生した。そして、データを重視する文化が学内に徐々に醸成され、IRは今の形態へと進化を遂げた。 一方、日本では大学の説明責任に対する社会的圧力はアメリカほど強くない。特に経営が安定している有名大学ほど自らのデータを省みる必要性は少なく、その結果、IRの導入にも積極的になりづらい。しかし、日本には18歳人口の減少というアメリカにはない市場圧力があるため、特に私立大学では、IRを通したデータ重視の経営の重要性について、認識の共有はできている。にもかかわらず、IRを目の前の現実にどのように組み込んでいけばいいのか、理想と現実の整合性がとれず苦慮している大学が多い。

IRの自在なアクセス等データ環境の整備が急務

日本の大学でIRが機能し、データ重視の経営を実践するために必要なステップは 3 つに分けることができる。

第一に、大学はIR担当者が学内にある全DBに簡単にアクセスできる環境をつくることである。部局ごとのDBが学内に乱立し、IRは稟議書を提出して関係部局からいちいち許可を得なければデータを収集できないという非効率な環境を改善する必要がある。

次の段階では、早急にDWを構築して、学内に散乱しているDBの統合を図る必要がある。DWの導入は組織のデータ活用度とIR作業の効率性を格段に高め、長期的に大学経営の効率化をもたらすことになる。

3 番目の段階として、IRが 中 心 と なり、DWに集積されたデータを効率的に学内に還元するシステムの構築が必要となる。学内スタッフが必要なデータを必要なときに取得できるシステムの確立は、大学としてのデータの有効活用度をさらに高めることになる。

図表は、第 2 段階(IRがDWのデータを各部局に提供)から第 3 段階(各部局が直接データを取得)への進化を表している。DWを中心にデータが学内に有機的に行き渡るシステムの構築こそが、現時点で日本の大学がめざす
べき形であり、データ重視の経営を実践するために必要である。

Between IR Chart

 

 

 

 

 

終わりに

IRの目的とは、データに基づいた大学経営を行うことである。IRを機能させるためには、IRを既存の組織に外付けするだけでは不十分で、データベース環境の整備、そして組織の慣習の変革を必要とする。説明責任に対する社会からの圧力が弱い日本の高等教育界で、そこまでの内部改革を期待することは現時点では難しい。しかし、市場縮小というもう一つの圧力が年々強まる中、避けては通ることのできない道である。その圧力に屈するまで大学改革を先延ばしにするのか、それとも今、実行するのか。IRは、それを大学の経営者に迫っているとも言える。