アメリカ大学事情 Vol.2 2013年4月15日「ムークス(MOOCs)とアメリカの大学 Part2 ムークスに対するアメリカの大学の現時点での対応」

前回の記事ではムークスの話を通して、まだまだムークスは初期段階であり、ビッグデータの活用が進むに連れて今後さらなる展開を行っていく、という私の予測を述べたが、今回は、ビッグデータからはひとまず離れて、現時点におけるムークスに対するアメリカの大学の対応を述べていく。

現時点で、大学がムークスに対応しなければならない懸案事項は基本的に2つのカテゴリーに分けられる。一つは、学生がムークスの授業を修了した際、それを自らの大学の単位として認めるか、という学生対応であり、そしてもうひとつは、ムークスの授業を受け持った教員をどのように評価するのか、という教員対応である。今回はこの2つの懸案事項に大学が現時点でどのように対処しているかを述べて行きたい。

まず、ムークスの授業を自らの大学の単位として認めるかどうかに関して、少しずつではあるが自らの大学の単位として認め始めている大学が出始めている。例えば、コロラド州立大学(Colorado State University)のグローバルキャンパス学部(オンライン学部)は、ムークスの代表的な企業の一つであるUdacityの授業の一つを卒業単位として認めた。学生はUdacityの授業を受けた後、大学で試験監督官付きのテストで基準点以上を超えれば単位として認められる。ただし、Udacityのすべての授業を認めているわけではなく、単位を認めている授業は現時点では僅かである。

また、ジョージア州立大学(Georgia State University)が今年の一月に、適正な学内の単位移行プロセスを経たならばムークスの授業を単位として認めるという方針を発表。また、オンラインプログラムの外注企業として、多くのアメリカの州立大学を顧客に持つアカデミック・パートナーシップ(Academic Partnership)もムークスのフォーマットで基礎レベルの授業を提供していくということを発表し、既に5,6の州立大学がアカデミック・パートナーシップを通してムークスの授業を開始し、単位を認める方向に動いている。

そしてさらに注目を集めたのが、アメリカの全米大学協会とも言える、The American Council on Education(ACE)が、今年初めに5つのムークスの授業を大学で単位認定する価値がある授業として正式に推薦したことである。もっとも、だからといって大学がそれらの単位を自動的に認めるというわけではない。最終的にどの授業が単位として認められるべきかは大学の決定であり、また認証評価団体(特に専攻レベルの認証評価団体)などの反応も考慮しなければならない。それでも、ACEのような全国協会や、DCにあるロビイスト団体、また財団などはムークスの動向に大きな興味を示しており、今回のACEの推薦はそれらの高等教育外部団体の興味の高さを表しているとも言える。

しかし、ムークスの授業を単位として認めることは現段階ではまだ早いのかもしれない。少なくとも全てのムークス授業を単位と認定するにはハードルが残されていると言える。最近The Chronicle of Higher Educationがムークスの授業を担当した教員に行ったアンケート調査によれば、ムークスを通して教えた自分の授業が、自分の大学の単位として認定されるにふさわしい授業であるかどうかという問いに対して、実に72%がNoと答えている。個人的にも、それは前回の記事で述べた私のムークス体験と照らしあわせてもわからなくもない。確かに興味深い授業ではあったが、学費を払ってまで履修する授業かというと答えは否である。もっとも私がムークスの授業を履修したのは一度だけで、たまたまそういう授業にあたってしまっただけかもしれない。しかし最近ムークスの単位を認定し始めている大学も、実際の所、オンライン学部限定で認めているのがほとんどであり、メインとなるオフラインの学部でムークスの単位を認定しているところはまだ少ない。このデータは今後ムークスがさらなる展開をしていくために乗り越えなければならない課題を浮き彫りにしているといえる。

ムークスで提供される授業を正式に単位として認める流れが今後強まっていくかどうかはまだ定かではないが、一方で世間的にそうすべきだという期待値は高いといってよい。その大きな理由の一つは近年増加の一途を辿る学費の増加と関係している。アメリカの学費は毎年インフレーションを大幅に超える速度で毎年増加しており、一つの社会問題となっている。以下の表は大学種別の全米年間平均学費を今年度と10年前をインフレ調整済みの額で比較しているが、私立大学は26%、州立大学は66%、そしてコミュニティカレッジは47%の伸び率で、異常とも言える速度で学費が軒並み急上昇していることがわかる。

表:大学種別、全米平均学費、2002-03年度及び2012-13年度(インフレーション調整済み)

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出典:CollegeBoard, Trends in Higher Education, Table 2B, “Average Tuition and Fee and Room and Board Charges in 2012 Dollars, 2002-03 to 2012-13”

もっとも、アメリカの場合は給付型の奨学金が豊富であり、多くの学生は何らかの形で奨学金を受取り、額面通りの額を支払っている学生は留学生を除けば少数である。しかし近年の学費上昇の流れは奨学金の増加額を大幅に超えているため(特に政府負担の奨学金は、学費と違いインフレとともに上昇しない場合がほとんである)、奨学金受給者でも負担が毎年目に見える形で増加している。ゆえに学生やその両親、及びメディアの間では、そこまで高い学費を払ってまで大学、特に私立大学、に行かなければならないのかという声も出てきているのも事実である。ただ、現実としては大学を出ていなければ平均的な給料を貰える職に就くことができないため、大学に進学しないという選択肢は残されていないといってよい。

そのような文脈で登場したのがムークスである。学生の立場から言えば、ムークスで単位が認められるようになれば、それは支払う学費額の減少を意味し(アメリカは日本と違って一部の私立を除いて1単位ごとで学費が課金される)、しかもそれが有名大学の教員によって教えられた授業となれば、一石二鳥である。また大学側にとっても、学費上昇に対する社会からの批判をかわすためにも、ムークスに乗り出すことは必ずしも分の悪い話でもない。さらにムークスを提供することによって、自らの大学のコスト削減にも繋がる可能性もあり、その結果実際に学費を抑えることができるようになるかもしれない。そして企業からみても、玉石混交状態ともいえるアメリカの大学の学位よりも、著名な教授のお墨付きの学生の方が安心して採用できるというメリットがある。その3者の利益が交差する点に位置するのがムークスであり、それが多くの高等教育関係者の注目を集めている大きな理由といえる。

ムークスに対するもうひとつの懸案事項はムークスの授業を担当する教員への対応がまだ定まっていないということである。ムークスがここまで注目を集めている以上、大学にとってムークスの授業を担当している教員がいるということは、優秀な教員がいるという一つの大学宣伝にもなる。また世間的にも時代の最先端に位置する大学というポジティブなイメージを(現時点では)世界中に与えることにもなる。そして教員にとっても、自らの名前を世界中に広めるという宣伝効果もあるので、金銭的報酬がなくとも、それなりの利益はある。しかし、自分の大学の教員が実際にムークスの授業を教えることとなった場合、誰がそのコストを負担するのか、そしてそれはどのように評価すべきなのか、果たしてムークスによって得られる利益と費用はバランスがとれているのか等、大学は考慮する必要があるが、それに対する答えはまだ出ていない。大学としてはどこまでムークスへの参加を許容すべきなのか線引きが難しいところであるが、今後ムークスがより広がっていくためには、大学及びムークス企業との間で教員対応策を考えていく必要があるといえる。

たしかに教員がボランティアでムークスに参加している限り、大学とって費用は表面的には0である。しかし、ムークスの授業を受け持つ教員はある程度の労力をその授業に注がなければならない。そこには時間×労力=コストがある。時間外労働もおそらく必要となるだろうし、そして、それが本来なさねばならない業務に影響が出ないとも限らない。Chronicle of Higher Educationによれば、ムークス一つの授業を作成するのにかかる時間は平均で100時間を超え、授業が始まってからは週に8から10時間を費やしているとのことである。すなわちムークスで授業を提供するということは、自大学の教員が学外の学生を教育するということであり、言い換えれば、他の大学の学生に教えている分のコストを自らの大学が負担しているということになる。そのコストは財務諸表には現れることのない、いわば潜在的コストともいえるが、そのコストを理解した上で、ムークスで授業を提供する教員へどのようなサポートを提供するのか、そしてそのサポート費用は、ムークスによって得られる利益を上回っているのかそれとも下回っているのか、ということを大学経営者は知る必要がある。

以上の懸案事項を鑑みた時、このムークスの流れを新世代の教育方法と手放しで称賛するにはまだ時期尚早といえる。今は何かと脚光を浴びて、流行語的存在ともなっているムークスだが、今はまだ初期段階であり、今後どのような展開を見せるかは現時点では予測が難しい。たまにメディアなどで、ムークスで授業を提供して行かなければ時代の最先端に遅れている大学として烙印を押されかねないと主張する記事をたまに目にするが、ムークス企業自体がどこに行こうとしているか模索中の現段階では、危機感を煽り過ぎているきらいがしないでもない。従ってありふれた言い方になるが、各大学は今後のムークスの発展に注目しつつ、ムークスの利点を上手に利用し、自らのビジネスモデルの一部に組み込んでいく、というアプローチが現実的ではないかと思う。そういう意味では、ムークスの出方がまだ流動的かつ不確定である今、アメリカの大学は今一度自らのビジネスモデル及び長期計画を再度見なおして足元を固めるべき時であるのかも知れない。

最後に、時折新聞の記事などで、ムークスはいずれ既存の大学を淘汰していく可能性がある、という論調を目にすることがあるが、それは行き過ぎた議論であると言わざるを得ない。現時点では、前述したようにムークスはまだまだ高等教育のメインストリートに参入してくる為に乗り越えなければならない課題が山積している。ムークスはまだまだ初期段階であり、大学側もそんな簡単にムークスに取って代わられるほど脆弱な競争相手でもない。また、大学には大学でしか経験できないものもあり、オンラインだけではどうしてもカバーできないものもある。また学生のニーズも多様化しており、オンラインを好む学生もいれば、やはり教員と直接顔をあわせて授業を受けたいという学生もいる。その学生のニーズの多様化という点を考えると、将来的にはムークスと大学が連携しあって、お互いを補完しあっていくという形に落ち着いていく、というのが私を初め、多くの専門家の予想である。個人的には、高等教育のコスト高騰は行き過ぎであると思っているので、ムークスが今後アメリカ高等教育のコストを抑えていく働きをしていって欲しいと期待している。

参考記事

The New York Times. “Colorado State to Offer Credits for Online Class.” September 6, 2012.
http://www.nytimes.com/2012/09/07/education/colorado-state-to-offer-credits-for-online-class.html

The Chronicle of Higher Education. “The Professors Who Make the MOOCs.” March 18, 2013.
http://chronicle.com/article/The-Professors-Behind-the-MOOC/137905/#id=overview

The Evolllution. “MOOCs Making Strides Toward Credit.” September 7, 2012. 
http://www.evolllution.com/friday-links/moocs-making-strides-toward-credit/

American Council on Education Recommends 5 MOOCs for Credit February 7, 2013
http://chronicle.com/article/American-Council-on-Education/137155/

Inside Higher Ed. “MOOCs for Credit” January 23, 2013.
http://www.insidehighered.com/news/2013/01/23/public-universities-move-offer-moocs-credit

Georgia State University, Public Relations and Marketing Communications. “Georgia State University Takes Major Step Toward Developing Online Course Learning Option” Jan 22, 2013.
http://www.gsu.edu/news/63587.html

The Washington Post. “MOOCs take a step toward college credit.”
http://articles.washingtonpost.com/2013-02-07/local/36958661_1_moocs-coursera-college-credit

Academic Partneship. MOOC2Degree Press Release. “Academic Partnership Launches MOOC2Degree Initiative”. January 2, 2013. http://www.mooc2degree.com/press.php#.UP-uV-i7AlI
The New York Times. “Degree of Influence?” March 16, 2011. http://opinionator.blogs.nytimes.com/2011/03/16/degrees-of-influence/

The Washington Post. “College is still a great investment. But it’s getting worse.” Sep 11, 2012.
http://www.washingtonpost.com/blogs/wonkblog/wp/2012/09/11/college-is-still-a-great-investment-but-its-getting-worse/

The Chronicle of Higher Education. “A First for Udacity: a U.S. University Will Accept Transfer Credit for One of Its Courses.” Sep 6, 2012.
http://chronicle.com/article/A-First-for-Udacity-Transfer/134162/