アメリカ大学事情 Vol.4 2013年4月29日 給付型の奨学金は効率的か?

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最近日本の高等教育で議論され始めている政策の一つが、給付型奨学金の導入のようである。先日も、文部科学大臣が導入を検討しているという記事が見られたが (1)、今までローンのみであった学生援助政策から、給付型を含めた奨学金政策へと舵を切ろうとしている雰囲気をアメリカから見ていて(なんとなくではあるが)感じる。

アメリカにおいては給付型の奨学金の歴史は長い。特に有名な奨学金は1972年に導入された、低所得者層を対象にした連邦政府が拠出するペル奨学金であり、年間で学生一人あたり最大5、550ドルが給付される。また、連邦政府だけでなく、ほとんどの州政府でも低所得者層出身の学生を対象にした給付型奨学金がある(2) 。返済しなければならないローンと違って、給付型の奨学金は卒業後の返済義務もない。2011-12年度では、約937万人(全体の約37%)の学生がペル奨学金を受け取り、連邦政府は合計340億ドル(約3.4兆円)を支出した。受給者の平均額は3,695ドルである (3)。

しかし、年々インフレ率を超える勢いで上昇し続ける学費に対して、連邦政府としても給付額を学費の上昇スピードに追いつくようそれなりに努力してきたが、実はペル奨学金は徐々にその購買力を失ってきている。例えば、2000-01年度のペル奨学金の最高給付額は3,300ドルであったが、それに対して州立4年制大学年間平均コスト(学費及、教科書代、そして寮費などを含む)は、9、321ドルで、奨学金で賄える割合が35.4%であった。しかし2011-12年度では、ペル給付金の最高額が前記のように5,550ドルまで上昇したにもかかわらず、州立大学の学生の年間平均支払額が18,814ドルまで上昇したため、コストに対するペル奨学金の割合は29.5%まで低下した(表1)。

表1:ペル奨学金年間最高支給額の州立4年制大学平均費用に占める割合

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この際限なく上昇し続ける学費に対して、政府・議会内でも、いつまでこの「いたちごっこ」を続ければいいのかという苛立ちが聞かれるようになってきた。実際、第2期就任直後のオバマ大統領も、所信表明演説で、上昇しつづける大学の学費対策に言及し、次の4年間で上昇し続けるコスト上昇を食い止めるための対策を講じていくことを発表した (4)。

その一方で、奨学金システム自体の効率性を見直すべきであるという動きも最近政府外から起こっている。その代表的なイニシアチブの一つが、2012年9月に「ビル・メリンダ ゲイツ財団」が約330万ドル(約3億3千万円)を出資して立ち上げたプロジェクト「奨学金政策の構造と分配の再構想」(Reimagining Aid Design and Delivery)である(5) 。このプロジェクトでは、ゲイツ財団が14のシンクタンク、非営利団体などに資金を提供し、それぞれの団体に連邦政府奨学金制度、特にペル奨学金、に対してどのように今後改革を行なっていけばよいか研究成果を発表するよう要求したプロジェクトである(6) 。結果、2013年2月までに計14のレポートが発表された(7) 。また今月に入って、カレッジ・ボードも「ペル奨学金再考」(Rethinking Pell Grants)というレポートを発表。ルミナ財団とゲイツ財団によってサポートされたこのプロジェクトは、高等教育政策専門家たちを数度に渡って集めて意見交換会を行い、そこでの結論をレポートにまとめた (8)。

これらのレポートはそれぞれユニークな切り口から興味深い提言を行なっているが、その前提となる問題意識はほぼ共通していて、大体以下に収斂されるといって良い。

1. 奨学金申請手続きの簡素化
2. 奨学金受給者の卒業率上昇
3. 奨学金政策のアカウンタビリティの向上

まず、一つ目の申請手続きの簡素化に関して、これは長年指摘されてきた課題の一つである。通常学生は毎年FAFSA(Free Application for Federal Student Aid)と呼ばれる奨学金申請書類を提出しなければならない。この書類の複雑さは有名で、とにかく家計に関して文字通りありとあらゆる情報を書き込まなければならない。それは確定申告よりも複雑といわれており(日本と違って、アメリカは所得が約100万円以上の国民は全て確定申告を個人で行わなければならない)、その煩雑さから、多くの学生、特に低所得者層出身が、本来ならば受給資格を満たしているのにも関わらず奨学金を申請しないままでいると指摘されている。そして更に問題なのが、それを学生は毎年申請しなければならないということである。

なぜここまでの情報を提出しなければならないのか。それは、ペル奨学金需給資格が家族の収入ではなく、特殊な計算式によって決まるExpected Family Contribution (EFC – 家庭負担期待額)の額によって決定されるからである。EFCは収入に加えて、不動産資産や貯金額、投資収入、家族構成、兄弟が何人大学に通っているか等、総合的な財産情報を元に決定される。そして、さらなる混乱を招く一因となっているのが、EFCがその名称にも関わらず、実際に家族が払わなければならない額ではないということである。EFCは奨学金受給額を算出するためだけに必要とされる情報であり、果たしてEFCがそこまで必要なデータであるのだろうかと、専門家をはじめ、高等教育関係者の間で長年指摘されてきた。

このEFCのもう一つの問題は、その計算の複雑さ故に、学生の家族が実際に奨学金を申請するまで果たしてどれくらいの奨学金額を受け取れるか予測が難しいことである。例えば、ペル奨学金は、EFCが4,995ドルを超えるとその受給資格を失い(9)、自動的にローンに回される 。EFCの存在を知らずに、自分の収入からペル奨学金を受け取れると予測していた学生が実は受給資格がなかったというパターンはよく聞かれる話である。そしてローンしか受け取れないようであるなら大学に行かないで仕事をするという選択をする学生は少なくない。このような問題点を抱えながら、そこまで厳密にEFCを算出する必要が果たしてあるのか、もっと簡単で、万人に分かりやすいシステムに移行すべきである、というのはよく聞かれる主張である。

次に、ペル奨学金受給者の卒業率増加に関して、ペル受給者の卒業率は一様に低い。2003-4年度の一年生のうち、ペル奨学金を受け取らなかった学生の6年以内の卒業率(4年制州立大学)が63.5%であるのに対して、ペル受給者の卒業率は、24歳以下の学生で54%、25歳以上の学生になると16.8%まで下がる (10)。そもそも卒業しない学生に奨学金を拠出することははたして意味があることなのかという議論は昔から提起されており、ペル奨学金を大学に入学させるためだけの政策から、卒業することに対して何らかの形でインセンティブを付け加える政策に移行すべきだという意見は専門家内で最近よく聞かれる提案である。この点に関しては、入学すればほぼ卒業できる日本の大学とは異なる、アメリカ特有の問題だといえる。

ペル受給者の卒業率の低さの理由は、様々挙げることができるが、代表的な理由として2つ考えられる。まず一つ目に、アメリカにおいては、収入と学力レベルは強い相関関係にある(必ずしも因果関係ではないが)ということである。アメリカの家庭は家を購入する際、どの学区に子供を通わせることになるのかということを重要視する。それは、学区の教育の質が学区によって大きく変わるからであり、学区内の経済レベルと密接な関係がある。故に富裕層の家庭は良い学区に子供を通わせようとする一方で、貧しい家庭は評判の良くない学区に子供を通わさざるを得なくなり、アメリカ社会の悪循環を生んでいる。

よって裕福な家庭出身の学生は、得てして学力の高い学校で教育を受けているケースが多く、また周りの友人も大学に行くことがほぼ常識化している環境にいるため、大学教育にもスムーズに移行できる学生が多い一方で、貧困層出身の学生は大学進学者がまだ少数であり、また高校全体のレベルも大学進学者を基準にして授業を行うことが困難であるため、その高校の卒業生が大学教育についていけないというケースがままある。そしてペル奨学金の多くは後者のタイプの高校を卒業する学生に給付されるために、大学に入学することができても学力がついていかず途中で挫折して退学する場合が少なくない。これらは教育格差と経済格差が密接に関わり合っているアメリカ特有の課題なのかもしれない。

卒業率が低いもう一つの理由はやはり経済的理由であるといってよい。最初にも述べたが、ペル奨学金の購買力は徐々に低下してきている。従って、奨学金だけでは学費を支払うことはできず、学生はアルバイトなどをしなければならなくなり、それによって学業に専念できなくなるというパターンである。そしてこれらの学生は他の学生よりむしろ学業により専念しなければならないのに、その時間の確保が困難になり、結果途中で学業を諦めざるを得なくなる、という結果になる。

低い卒業率は決してペル奨学金のせいではないが、これらの理由は奨学金を給付するだけでは根本的な解決にはならないということを物語っているといえよう。従って政策関係者の中では、奨学金を与えるだけでなく、それ以外にもサポートを組み込んで行かなければならないという意見が出ている。政治家もその事情は理解しており、現段階では、平均GPAが2.0を下回るかもしくは、学期の平均単位取得率(C以上の単位÷履修単位数)が67%を下回った場合は奨学金受給資格が一時停止となり、学期の最初に大学のアドバイザーもしくは教員と面談を行い、そして彼らを通して奨学金資格の再取得を申請しなければならない (11)。ただ現場レベルではこの再申請プロセスが形骸化している大学も数多く、ただサインをするだけの儀式となり、実際には余計な現場の仕事量を増やしただけという批判もある。

そして3つめの奨学金政策のアカウンタビリティ(説明責任)の向上に関して、これは納税者と家計に対するアカウンタビリティという観点にわけて述べて行かなければならない。ただ家計に対するアカウンタビリティに関しては、先ほどEFCに関して述べたこととほぼ重なるので、ここでは、納税者に対するアカウンタビリティに絞って述べていく。

納税者に対するアカウンタビリティとして、最も重要なことは奨学金政策分析である。すなわち投入された税金に対して、果たしてどのような効果を生んだのか、その効果は目標を超えているのかそれとも下回っているのか、もっと効果的に目標は達成できないのか等、政府にはそれらを納税者に詳細に報告する義務がある。

これらの費用対効果分析は、今後ペル奨学金の拠出額を大幅に増やすことが困難であるアメリカには特に重要なものとなる。将来に渡って全体の額を増やすことができないならば、その費用対効果を増やしていくしか選択肢は無いからである。全員に奨学金を与えることができないのであれば、誰が一番必要としているのかを見定め、その学生から凖に必要性に応じて奨学金をできるだけ多くの学生に給付していくというメカニズムが設計されなければならない。そのためにはより精緻な政策分析が必要とされる。

しかしながら、アメリカの連邦政府の奨学金政策分析はこれらの質問に満足いく回答を与えることはできていない。例えば、ペル奨学金受給者の卒業率が先ほど4年制大学で54%であると紹介したが、それは全国平均であり、サンプルデータに基づいた学生調査結果であり、事実とは若干異なる可能性がある。また、機関レベルでは、奨学金受給者の卒業率の報告は義務付けられていないため、例えば大学ごとにペル奨学金受給者の卒業率などは不明である(もっとも、機関レベルの卒業率はIPEDSを通して今後数年の間に報告が義務付けられることが予想される)。

しかし、それ以上に長年のアカウンタビリティの一番の課題は、そもそも本来大学に行くことができない学生のために創設されたペル奨学金が、はたして実際にその目的をどこまで達成することができているのかという根本問題に関して、円に換算して数兆円という額を毎年支出しているのにも関わらず実は正確にはわかっていないということである 。その理由はいたって簡単である。連邦政府は奨学金受給者のデータは豊富に集めているのに、奨学金を受け取っていない学生のデータが全く存在しないが故に、比較分析ができないのである。また大学に入学していない学生のデータもない。故に奨学金によって果たしてどれくらいの学生が進学をするようになったのかということも知ることができていないのが現状である。

その一方で、長年凖実験的アプローチの分析が近年頻繁に行われてきたので、それによってある程度の一般的な給付型の奨学金の効果はわかってはいるが、実際のペル奨学金政策の費用対効果の全貌ははっきりとはわかっていない(12)。その分析を可能にするためには、最低でも全ての高校生の個人レベルのデータ、それも家族の収入のデータが必要になる。州政府レベルではそのデータを集めているところが増えており、今後各州ではそのような分析が進んでいくと予想されるが、国レベルの分析はFAFSAを通してしかデータが集まらない現時点では不可能であり、今後もその分析が行われることはないと予想される。

以上簡単に現在のペル奨学金の課題に関して述べてきたが、もし日本で給付型の奨学金の導入を志向するのであれば、アメリカの現在の課題から学べることは少なくないと思う。個人的には、以下の点を考慮すべきであると思う。

• 奨学金受給資格をわかりやすくすること。
o 但し、所得制限額を固定するのではなく、数年に一度、インフレ(もしくはデフレ)と連動させて変化できるようにする。

• 奨学金申請プロセスの簡易化。
o申請は一度済ませば最大4年間受け取れるようにする。ただし、2年生以降でも申請できるようにする。

• 奨学金受給者が毎年受給資格を更新するための学業基準値を設ける。
o 受給資格を喪失したらローンへ切り替わるシステムを導入する。

• 奨学金を学生に直接支給するのではなく、大学を通して支給する。
o 奨学金は本来使われるべきものに優先して支払われるよう徹底する。
o 学費、その他必要経費を差し引いて残った額を学生へ支給。
o 毎月支給ではなく、年一度の支給。

• 政府内で奨学金分析体制を整える。
o 受給者の個人データを入試データ、成績、及び就職に至るまで集め、追跡する。
o 奨学金受給者は毎年の学生調査アンケート参加を必須とし、学生の生活・学習パターンに関して情報を集められるようにする。
o 各大学は奨学金制度に参加する対価として、奨学金受給者の進級率、卒業率、そして就職率を奨学金受給者以外の学生と比較して報告する義務を負う。
o 奨学金分析専門スタッフを配属する。

出典

[1]毎日新聞 2013年4月23日“給付型奨学金:大学生も返済義務なし、対象拡大--文科省」http://mainichi.jp/feature/news/20130423ddm001100073000c.html

[2] National Association of State Student Grant & Aid Programs. 42nd Annual Surveys. http://www.nassgap.org/viewrepository.aspx?categoryID=3

[3] CollegeBoard. “Trends in Student Aid 2012” http://advocacy.collegeboard.org/sites/default/files/student-aid-2012-full-report.pdf

[4] The White House. The 2013 State of the Union.  http://www.whitehouse.gov/state-of-the-union-2013

[5] Bill and Melinda Gates Foundation. “New Grants to Reimagine Financial Aid & Help Increase Postsecondary Access, Success and Completion.” http://www.gatesfoundation.org/media-center/press-releases/2012/09/postsecondary-financial-aid-grants-announcement

[6] Postsecondary Education Opportunity. “Bill & Melinda Gates Foundation: Reimagining Aid Design and Delviery” (March 2013).

[7] State Higher Education Executive Officers. “Reimagining Aid Design and Delivery Project Reports.” http://www.sheeo.org/resources/publications/reimagining-aid-design-and-delivery-project-reports

[8] CollegeBoard. “Rethinking Student Aid.” http://advocacy.collegeboard.org/college-affordability-financial-aid/rethinking-student-aid

[9] U.S. Department of Education. “2012-13 Pell Payment Schedule.” http://www.ifap.ed.gov/dpcletters/attachments/P1201Attach20122013PaymentSchedules.pdf

[10] National Postsecondary Student Aid Survey (NPSAS) QuickStatsを用いて筆者が独自に算出。http://nces.ed.gov/surveys/npsas/

[11] FinAid! The Smart Student Guide to Financial Aid. “SAP Appeal.” http://www.finaid.org/educators/pj/sapappeals.phtml

[12] Mundel. S., “Do Increases in Pell and Other Grant Awards Increase CollegeGoing among Lower Income High School Graduates?: Evidence from a “Natural Experiment” http://www.brookings.edu/~/media/Research/Files/Papers/2008/11/12%20pell%20grants%20rice/12_pell_grants_mundel.PDF