アメリカ大学事情 Vol.6 2013年6月10日 アメリカのエリート高校教育の一例

先月、仕事の一環で、ケンタッキー州を訪問したが、今回はその際に偶然知ることとなった、そこで実践されている興味深いエリート教育モデルを紹介したい。

ケンタッキー州を南北に縦断する65号線を南下し、テネシー州の境界線近くに位置する、人口約20万人のボーリング・グリーン市に、Western Kentucky University という州立4年制大学がある。ケンタッキー州の中で3番目に大きな市に位置するこの大学は、過去10年順調に学生数を増やし、年間平均約3%ずつ学生数を増やしている。

ケンタッキー州は90年代中頃に、高等教育の改革を行い、全米の注目を集めたことでも知られる。その州の中で、特に秀でた業績を残してきたのがWestern Kentucky Universityである。過去10年、この大学は学生数の増加を上回る速度で卒業生を輩出してきた(大学だけでなく、学部・学科レベルの認証評価も徹底しているアメリカにおいて、授業の質を下げて卒業生を増やすということは事実上不可能であるし、そのような策を受け入れるような文化もアメリカにはない)。また大学の基礎データだけを眺めてみても特に10年前と変化はなく、一部の大学に見られるように、より学力のある学生を入学させることによって卒業率を上げるという操作を行っているわけでもない。この大学を訪問した目的は、そのような状況下でなぜ卒業生数の数を増加することができているのか、その理由を探ることにあった。

学生数は2011年時点で学部・大学院をあわせて21、036人、そのうち約8割が学部生である。新入生はまず1年間は学生寮に入ることが義務付けられる。学生寮の充実に近年特に力を入れてきているとのことで、大学キャンパスの中心に改築された寮が置かれ、キャンパスコミュニティの中心的な役割を果たしているようである。

現在の学長は90年代後半から現職を務めている。大学の発展の理由として学長のリーダーシップが大きな役割を果たしていると、インタビューしたほぼ全てのスタッフが口を揃えて述べていたのが印象的であった。訪問する前は、何か大きないくつかの方策が大学に影響を与えた、という話を期待していたが、そうではなかった。改めて、大学というものは何か一つの意思決定でガラッと変わるものではなく、人間が成長していくように、日々の小さな一つ一つの積み重ねがやがて大きな差となって現れる有機的な組織である、という普遍の事実を改めて実感した。そしておそらくリーダーの役割の一つとは、その日々の細かい部分で目に見えない小さな差をこつこつと産みだしていくことなのであろう、そんなことを感じた訪問であった。

ところでキャンパスを様々回るなかで、今回の訪問の目的とは関係のないところで、一つ興味深い発見をした。それは大学キャンパス内に存在する、Gatton Academy of Mathematics and Science in Kentucky と呼ばれる高校である。この高校は、日本で言うところの高校2,3年生の2学年からなる州立の高校で、全州内から優秀な学生各学年60名を厳選して集めている、いわゆる州の肝いりのエリート高校である。ケンタッキー州民の高校2年生であるならば誰でも受験でき、学生は共通テストのスコアや、成績、推薦状やエッセイをもとに選出される。ちなみに、この学校は、ニューズウィークの高校ランキングでは全米第1位に2年連続でランクされた。

2007年に開学したこの学校は、大学キャンパス内に位置し、全寮制であり、学生は大学の理数系の授業を他の大学生に混ざって履修し、大学の教員の研究に参加して実践的な学問を学ぶというモデルを用いている。短期海外留学制度もあり、夏休みには海外へ留学したり、または大学の研究所へのインターンシップを行うなど、大学生顔負けのプログラムが用意されている。寮内には個人的な相談、コース履修に関する相談、大学内のサービス利用に関する相談、キャリアに関する相談等、それぞれの内容に特化してフルタイムのカウンセラーが常駐しており、何かと多感な10代後半の学生を学業以外でもサポートするシステムが用意されている。

そして何よりこの教育モデルが画期的なのは、学費が無料であるということである。Gatton Academyは年間の運営で約330万ドル(約3億3千万円)ほど必要としているが、100%州政府から完全にサポートされているため、家庭には負担はかからない。大学の授業の教科書代は自己負担になるが、それ以外のコストは州が負担している。したがって、学生選出の際に、家庭の収入は一切考慮されない。

そしてこの高校を卒業する際には、多くの学生が既に大学の単位60単位を取得していることになる。これは、大学進学後の学生側のコスト削減にもつながる。入学した時点で既に60単位を取得しているため、理論的には2年間で卒業することも可能である。当然、州外の私立大学等に入学すれば、全ての単位が認められるとは限らないが、州内の州立大学に関しては、全て単位が認められるように整備がされているので、そのためか、卒業後もケンタッキー州内の大学に進学する学生が少なくないという。

この高校の教育モデルのユニークさは、大学生に混ざって授業を受講するということにあるといえる。これは早期大学モデルといわれ(Early College Model)、頭脳明晰な学生は他の学生にあわせるのではなく、どんどん先へ進ませることがその子供の成長にとって望ましいという考えのもとに1970年代にテキサスで構築された教育モデルであるようだが、飛び級制度などが一般的に行われているアメリカらしいモデルといえる。Gatton Academyのような早期大学モデルを元にした州立の高校はケンタッキーを含めて現在15州に存在する。

特に興味深かったのは、この高校を、州の中心大学であるケンタッキー大学(University of Kentucky)に置かなかったことである。Western Kentucky University は、日本でも知られていない、平均的なアメリカの州立大学であるといってよい。しかし実は、Western Kentucky Universityは長年に渡って、いわゆる英才教育(Gifted and Talented Education)の研究を活発に行なってきており、下地ともいうべき知見が長年に渡って蓄積されてきていた大学でもあった。ただ優秀な学生を集めて、大学生と一緒に授業を受けさせるというだけでなく、その効果を最大限に発揮するための専門家を数多く配置しているということも現時点での成功の一つの例だといえる。

多くの大学が名前だけ立派な箱をつくることに終始する中、その箱に見合った内容を充実させることにも力を注いでいるGatton Academyは、日米の高校・大学ともに学ぶところが多いように思う。